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雨の音だろうか。
ひたひたと忍び寄る死の足音のように、静寂の中に水の音が響く。
自分が今、立っているのか座っているのかすらわからなかった。

兄とは血のつながりはなかった。
けれど、それ以上の絆があると信じていたし、事実そうだったろうと思う。
内気で、うまく生きることのできない自分に手を差し伸べてくれた、たった一人の人だった。
ユキがいじめられれば、すぐどこからともなくやってきて、助けてくれた。
孤児院で折檻を受けた時も、必ず助け出してくれた。
きつく握りしめた右手に、まだあの手のぬくもりが残っているような気がして、涙を流すことができなかった。

これが正しいのだと、心のどこかで思う。
自分の知らない自分が、こうなることを知っていたように思う。
苦しみは増し、悲しみにのまれそうになるが、どこかちぐはぐだった生活から脱した感じがあった。
これは兄と自分との終わりではなく、再びめぐりあうための始まりだと思った。

「ユキ、準備は」

ディルが、大きな旅行カバンを携えて尋ねる。

「なにもない。ユキのものは。全部ここに残していく」

立ち上がり、前を見る。
雲の切れ間から差し込む光が、きつく唇を引き結んだユキの横顔を照らしていた。
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クリスマスには何がほしい?
そう彼女に問えば、眩しくて、けれどやわらかい笑顔で、
「両手いっぱいの星屑がほしい」
と言われた。

おれは、だから、ろうそくの光にきらめく飴玉をたくさん抱えて、彼女のもとに走った。

「メリークリスマス!」

星屑に囲まれた彼女はきれいだった。幸せな時間は長く続かないことを知っているおれは、涙をのみこんで笑った。
やわらかくあたたかな彼女の胸に顔をうずめ、深く息を吸い込む。
なにをつけているわけでもないのに、甘くとろけそうなかおりがした。
華奢な体をぎゅっと抱きしめる。
彼女は人形のように動かない。ただ力を抜いて、されるがままになっている。
おそらく目は虚ろで、口はただ呼吸だけを繰り返し、音も聞こえず、心臓だけが脈打っているのだろう。

彼女は時折自我をなくした。狂おしいほどに世界を愛する彼女は、そこにあふれかえる悲しみに耐えられないのだろうと思う。
そんなことはただの妄想で、本当のところは彼女の心に病が巣食っているからだ。
気がおかしくなったかのように泣き叫び、暴れまわり、そして糸の切れた人形の如く崩れ落ちる。
そんな時は決まって、自分はどうすることもできず、涙を拭き、振り回される拳を受け、抱きしめる。
名前を呼ぶことはない。呼んで、返事がなければ、もう耐えられなくなる。
怖かった。彼女を失うことが、怖くてしょうがなかった。

ずっと自分たちは何かが食い違い、ちぐはぐな生き方をしていると思っていた。
その綻びが彼女の心を傷つけているのではないかと、そう思っていた。
きっとそれは真実で、自分たちには本当の生き方があり、おそらくそれは幸福なものではないだろう。
わずかに力を取り戻した彼女の指先に口づけ、その冷たさに心臓が押しつぶされそうになった。

「ユキ、全部、よくなるよ」

自分の頬に掌を押し付け、手首に唇を落としていう。

「もうすぐ朝が来る。そうすれば、全部、よくなるから」

小さなうめき声を漏らす彼女を一層強く抱きしめ、どうして自分は涙すら流さないのかと、苦しくて、また、胸が痛んだ。

眠る彼女の左目にキスをする。
黄金色の蝶が飛び立ち、静まり切った朝の空気を震わせる。

「という夢を見た」
「きみの左目が金色だからじゃない」
コーヒーをすする彼女は冷たい。
「したの?」
「なにを」
「キス」
「どうかな」

深い深い闇のふちを彩るまつげがちらりと光った。

「ばかみたい」

そうかもね、と呟き触れる瞼の熱いのが、うれしいのか、かなしいのか、わからなかった。

「はーらへった!めーしくわせ!」
「今日はユキが当番でしょぉ」
「はぁぁぁぁぁらへったぁぁぁぁぁぁめしっくううううわっせぇぇぇぇぇ」
「まって、ちょ…あっ死んだーほら!もう!」
「へったくそ!ユキにかせーノーダメクリアしたる!」
「いやだからご飯の当番ユキでしょ今日」
「じゃあユキこのステージからノーダメでさらに武器変更なしでクリアするから今日しゃぶしゃぶ食べたい」
「いやだから」
「ごまだれとポン酢ではいスタート!」
「いや」
「いっくぞー絶対くらわん!」
「…」




「トウヤ、ご飯は?」
「エアご飯」
「折れろ!」
「あぁぁぁん!嘘です!ありますちゃんと!」
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