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朝、こんがりと焼けた香ばしいトーストの匂いで目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日に目を細め、ひとつ伸びをすると頭がすっきりとさえ始めた。
ベッドを下り、階段の手すり越しにリビングを覗き込むと、今や当然のようにそこにいる血のつながらない家族たちの姿が見える。
「おはよう!」
「やあ、おはよう。朝ごはんできているよ、顔を洗っておいで」
ラムザが器用に片腕でコーヒーをいれている。
トウヤはキッチンでベーコンを焼いている。
ディルは椅子にすわり、新聞を開いている。
ユキはその光景に満足して、足早に階段を降り洗面所へと向かう。
鏡に映る自分の姿は、いたってまともだ。心なしか嬉しそうに見える。事実、少しうれしい。
しかし、なんでもないこの朝が、もうこれっきりしかないようなことに感じられ、それが少し悲しくもあった。
冷たい水で顔を洗うと、ますますもって頭はすっきりとさえた。
リビングへもどり、椅子に座ると、砂糖とミルクがたっぷりはいったコーヒーをラムザがだしてくれる。
「熱いよ、やけどしないようにね」
「ありがとう。ねえ、今日は双子の卵あった?」
毎朝、ユキはこの質問をする。黄身が二つはいった卵がある日は、幸運な日だと自分の中の決まりなのだ。
「ないよ。残念。そうそうあるものじゃないんだから」
「でも、前あったよ。これからもきっとあるよ」
「そうだね、これからずっと卵を食べてたら、いつかあるだろうね」
「ずっと卵焼いてくれる?」
「ユキがお嫁にいくまではね」
ラムザが優しく頭をなでてくれる。
焼きたてのベーコンと卵を持ったトウヤがキッチンから出てきて、「ユキは嫁にはやらない。ずっとおれが育てるんだ」と冗談交じりに笑った。
「ユキもいつかみんなとお別れするの?」
「いつかはきっと。でも今はまだそのときじゃないよ、不安がらなくていいよ」
「うん。ねえ、今日はみんななにするの?遊んでくれる?」
全員そろってテーブルにつき、朝食を食べ始める。

二度と、もう二度とこの朝はやってこない。
平穏と幸福に満ちた日々は、遠く、遠くへ過ぎ去っていってしまった。
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手をつなぐ。
冷たい指先。熱い掌。脈々と流れる血液の音。
誰とだっていい。生きている証がほしい。
自分が確かにここにいて、ここで、生きている証が。

「なんでなにもないの?」

写真も。手紙も。

「なんでなにも残さずに、ひとりにするの?」

自分はまだ生きている。
でも、兄は逝った。なにも残さずに。

「仕方のないことなんだ」

「そんなこと」

「忘れるしかない」

「そうしたら、」

冷たい指先。熱い掌。脈々と流れる血液の音。
そんなものなんの意味もなくなる。
自分は消えてなくなる。

雪のように。
自分は人間だ。そう思う。だってそうだろう。
手足がある。頭も付いてる。目が二つ、鼻と、口。耳もついてる。
でも、親父や、幼少のころ一度だけ会った“狼”たちは、俺を天使だという。
ばからしい。ばかげてる。
なにが天使だ。俺は人間だ。ただの人間だ。



おれは時折、自分が人間ではないような気がする時がある。
姿かたちは同じでも、そこに宿る魂は健全なものではないんじゃないかと。
でも、仮にそうだとして、じゃあおれは一体何なんだろう?
夢で見るばけものは、人間じゃない。
だけど、あれはおれと同じものを持っている気がする。
おれはだれだ?



ユキは人間がこわい。人間なんてみんなバカばっかり。
でも、自分だってその人間のうちの一人だって思うと、なんだか不思議な気分になる。
人間なんて、っていう言葉を使うのって、ちょっとおかしい。
まるで自分は人間じゃないみたいに。
そんなこと、あるはずないってわかってるけど。
ユキってちょっと、おかしいのかな。



ぼくは人間だ。
使命もなく、運命にもとらわれず、ただの一人の男として生きている。
ぼく一人が、こんなにも平凡であるという幸せを独り占めしていいんだろうか。
彼らの人生は過酷だ。行き着く先に必ず幸せがあるとは限らない。
ぼくは人間だ。
ぼくは、彼らの痛みを知る術を持たない。
みんな(とうや、ゆき、でぃる、らむざ)でお買い物にきました。

「おほっ、このダウンいい」
「水色ー?」
「似合わないと思うけど」
「俺別の店見てくる」
「ゆーきもっ」
「僕は本屋さんにいってくるよ」
「…みんなおれのこと嫌いなのかな…」



「ユキブーツかった」
「俺マフラー」
「僕は文庫を2冊」
「…水色のダウン…」
「買ったの!?」
「まあいいとは思うけど…」
「それならまだ紫とかのがいいと思うけどな、俺」
「ほしかったんだよ!水色のダウンがほしかったんだよ!」
「ま、着てみればー?」
「とめはしねーよ」
「うん、好きならきればいいんじゃないかな」
「…うわぁぁん!」
成田国際空港のロビーからバスで約2時間、大きなトランクを左腕だけでごろごろ引きずりながら、待ち合わせの駅に着いた。
あたりは黒髪黒眼の人たちばかりだ。ここは日本だから当たり前だが、なんだか不思議な光景だ。
そして彼らも、不思議そうに自分を見る。
自分の髪は金色だし、瞳は青い。おまけに、右腕がない。
若い頃事故で失ったきりだ。
「お、待たせたな」
待ち合わせの相手が来た。
「待っていないよ、今バスがついたばかりなんだ」
「そりゃよかった。荷物よこせ、持ってやる」
「ありがとう」
不慣れな日本語で話す。
お互い出身国は同じなのに、変な話だ。
「ちょっと電車に乗って、そしたらすぐあいつん家だから」
「うん、日本の電車は広いし、清潔だから、好きだよ」
彼はトランクを持って歩き出した。自分も後に続く。
「しかし驚いた」
改札を通り抜け、駅のホームに立った時、彼が言った。
「おまえが…なんていうか、その、あの国から出るとは思ってなかった」
彼はこっちを見ていなかった。
「いろいろ…あったろ、ほら、家のこととか…彼女のこととか」
「うん、まあ、これもいい機会だと思って。ぼくはいつまでもあそこにいないほうがいいって、トウヤも言ってたし」
「あいつと連絡とってたのか」
「きみとするように、電話や、メールのやりとりをしてた」
「知らなかった…なんだよ、みずくさいな」
「みずくさい、ってどういう意味?」
「…もっとあけっぴろげになってもいいんじゃないか、みたいな意味だと思う」
「難しいね」
「まあ、とにかくだ」
そこで電車がホームへとはいってきた。
乗り込む時、トランクを持ち上げなおしながら、しかしまあ、と彼がまた呟いた。
「本当に…いや、でも、そのほうがいいのかもな。あいつもそういうなら、きっと間違いない」
「ディル」
「うん?」
「君たちには本当に迷惑をかけた」
電車が発車する。揺れる車内で、席は空いておらず、左腕で吊革につかまりながら言った。
「彼女のことも…たぶんこれからのぼくの生活において、過去や、君たちの存在がなくてはならないものになると思う」
彼は黙って話を聞いていた。
「けれど、ぼくは、後悔をやめない。ぼくは、この先何を得ても、失ったものへの執着をやめない」
気づけば町並みは赤く染まり、西日が二人の頬を赤く照らしていた。
「ラムザ、俺は何も言わない。けれど、自分を責めることだけは、してほしくない」
「トウヤもそういった」
「同じ気持ちだよ。俺たちは兄弟だ、生まれも育ちも違ってたって、それ以上の絆がある」
「知っているよ」
ぼくはそれに支えられて、今もここに立っている。
その言葉を飲み込み、もう一度、知っているよ、と呟いて、沈む太陽の眩しさに目を細めた。
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